芦原英幸はいかにしてサバキを開発したのか

「ケンカ十段と呼ばれた男 芦原英幸」

高校生時代、篠原勝之著・「ケンカ道―その“究極の秘技”を探る」を図書館で手にした。

様々な格闘家・武道家が篠原勝之と対談し武勇伝を語る内容だった。

その中でもストリートファイトや道場破りの経験をユーモラスに語るケンカ十段・芦原英幸先生の話は印象的だった。

その後、発売されていた自叙伝や技術書を手に入れ貪るように読み、近くにあった横浜支部道場に入門した。

著者は伝統派空手を習っていたが、芦原先生に出会い、技を掛けられたのをきっかけに芦原先生の門下になったらしい

この本では、関係者を取材し芦原先生の足跡を辿り、独自の技術を身につけるに至った経緯を明らかにしようとしているように感じた。

芦原先生は、大山道場に入門し極真空手を学び、当然それがベースになっているが、他の格闘技も学び自らの技術に取り入れていった。

入門初期の頃、知人からボクシングを学び

道場で知り合った澤井健一先生に短期間ながら太気拳を学び

先輩である黒崎健時、中村忠、藤平昭雄が苦戦したムエタイを研究

それらのエッセンスを空手に取り入れ、サバキを完成させていったようだ。

空手技術もさる事ながら、道場経営の手腕もかなりのもので

支部道場を次々に立ち上げ道場生を増やしていく

しかし、それが師である大山倍達先生との微妙な関係を作り

遂には追い出されるように永久除名されてしまう。

独立し芦原会館設立後は極真に追いつけ追い越せを狙っていたらしい

しかし突然、高弟たちの大量離脱

組織が揺れ始めたこの辺りの事情は、色々な情報はあるがハッキリした事は言えないとしてウヤムヤになっている。

残った人間で再稼働し、軌道に乗ってきたかと思う頃に病気が発覚してしまったらしい。

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